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令和元年、彼岸

母の叔父は、祖父の弟で、祖父に倣って帝国大学の受験準備に取り組んでいた。合格すれば兵役を免れる、命懸けの受験勉強だったのだ。

けれど、白皙の受験生は、その美貌に似つかわしく気優しくて、叔父だけれど歳の若い彼に、にいさん、にいさんと慕って纏わり付いてくる幼い母を邪険に遠ざけることが出来ない人だった。母にどれくらい責任があったか分からないが、にいさんは帝国大学に合格しなかった。彼は、祖父と同じ鳶色の瞳をして、少し泣いたかもしれない。

戦地へ送られていくその船のデッキから、幾筋も、幾筋も色とりどりの紙テープが舞い広がっていたそうだ。にいさんは祖父から譲られた黒いマントを風になびかせながら立っていて、母はいつまでも、いつまでも手を振ったという。祖父も祖母も一緒だったと思うのだが、弟を見送る祖父のその時の気持ちはどんなだったろう。両足をきちんと揃え、背筋をぴしっと伸ばした鳶色の瞳の祖父が目に浮かぶ。

母は朝食前に、毎日、彼方に向かって手を振る。にいさんを送っているそうだ。祖父も、祖母もとうに亡くなって久しいが、毎朝、母が手を振る向こうは船に乗ったにいさんだ。

受験に合格していれば。戦争がもっと早く終結していれば。

にいさんは帰ってこなかった。遺骨もない。