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人は変わらない

人間は成長できる、という人もいる。そうだろうけれど、それはその人の芯にある本質が変わるということではないと思う。
大人になって、自分のことが客観視できるようになると、他人の中に放り込まれた自分が、どう振る舞うとどういう結果を招くかがわかってくる。人が嬉しい気分になったり、元気が出たり、はたまたがっかりしたり悲しんだり、迷惑になったりとか。

何十年ぶりかにあった人が、やっぱりなんとなく好きじゃないなあと思い、家に帰って反芻していてああと得心した。人相が悪いのだ。若いころは若さに隠れていたものが隠しようもなく顔面全部に顕れている。

人は変わることがない。ただ、大人になるにつれ身の処し方というものを学んでいく。たとえば意志の弱いものはそんな弱さを、押し出しの強すぎるものはその強さを適度に制御して、他人と互いに気持ちよく過ごしていける術を身に着ける。それは礼儀とか思いやりとか常識とか様々な呼ばれ方をするプロセスや技術だが、それらを学習する必要を感じずに生きている人たちもたしかに大勢いる。そしてそんな人たちは美しくない。

黄金律がどうのこうのという美人の話をしているのではない。男も女も、人生後半にもさしかかれば我が身のみてくれは自分の責任だということだ。自分の顔に責任をもつ、ということ。姿が見苦しい人は生き方が見苦しい。自分は、他人さまは、気分よくしていられるかどうか、ときには見直してみようと思った。

やっぱりなんとなく好きじゃなかった人、ありがとう。あなたとの再会は勉強になりました。