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大震災クロニクル

最初に揺れ始めたのは、金曜日の午後2時46分あたり。オフィスで取引先と電話中だった。月曜日のミーティングの打ち合わせをしていたから「じゃ、あとは月曜日によろしく。とにかく今は切ったほうがよさそう」

「月曜日によろしく」どころじゃないことになってしまった。
オフィスのビルは高層ビルなので、いつまでもしなって、ぎぃぎぃ音をたてる。まるで沈み行くタイタニック号。遠くに見える工事中のビルのてっぺんにクレーンが2基、狂気のように振れてこっちに飛んできそうだ!と日本に来て日が浅い外人スタッフが蒼白に。彼は間もなく家族を引き連れて帰国してしまった。

歩いた。とにかく歩いて帰った。道は人でいっぱい。速く歩こうにも思うに任せず。都心のオフィスを出発したのはまだ明るいうちだったのに、多摩川に差し掛かるころにはとっぷりと暮れて手が氷のように冷えていた。そこに至ってようやく気付いて手袋をした。華奢デザインのスエード製手袋でも十分温まるし、体温を逃がさない。たちまち暖かくなったのでこれは覚えておきたい。手袋は役に立つ。

13,4キロメートルを4時間弱で歩き切った。運動靴じゃなくてハイヒールだった。たまたまソールにジェルクッションを貼りたてのを履いていたのはラッキーだった。スポーツシューズより軽量だったし。

マンションのエレベーターが止まっていた。鍵で非常階段の扉を開けて部屋まで登った。徒歩行軍の果ての最後の心臓破り。ひぃひぃ。いつもは持って出ない鍵を持ってて良かった。

ガスが止まっていた。復旧操作は簡単にできたけれど、復旧システムが不具合を起こして、結局東京ガスに電話した。24時間対応ということで、技術の方がお二人で来てくださった。ほぼ真夜中の0時だった。寒いのに、彼らも家や家族が心配だろうに!
ほどなくガスも復旧。我が家のインフラはほぼ正常に戻った。

背の高いキャビネットの上に乗せていた、漆塗りの茶道具入れが割れていた。なぜか中身の漆皿と萩焼茶碗は無傷だった。

翌朝、前から決まっていたマンションの修理委員会。何事もなかったように皆さまご出席。???ああ、みんな妻が家の中のことはしているんだな。

紛糾した修理委員会をようやく終えて買い出しに出た。初日は多分、ふつうにいつもの週末風買い物をしたんだと思う。

日を追うごとに、これは長期戦の備えをしなくてはという恐怖が膨らんでくる。スーパーに行ってみると豆腐・お揚げ・納豆など大豆製品がことごとく空っぽになっていた!

肉、チーズ、バター類の棚がことごとく空っぽ。蛋白源を確保した人がたくさん居たってことか。ここに至って魚のコーナーは結構余裕。おいしそうな鰤のお刺身をサクで買って帰った。お刺身と粕汁、もともと買い置きのあった納豆で鰤刺身定食の夜。同居老人、ご満悦。

輪番停電のことをニュースでちらと見た。ん〜、それって水もでなくなるよね、ポンプ止まるし。ガスも止まるかもね、電気系統の湯沸かしシステムが動かないし。
で、目が覚めたように、調理不要の菓子パンとかトイレ流しようのポリバケツとかトイレットペーパーなんかも買い足さなくっちゃと思う。