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百夜車

カイシャの「パーティ」を尻目に国立劇場へ。久々に長唄を聞いた。

定時が終わってから滑り込んだから、聴きたかった喜三郎先生の越後獅子は終わっていて、その次の演目「石橋(さっきょう)」が始まっていた。寒玉さんの三味線も聞きたかったなあ、残念。

続く曲目、「百夜車(ももよぐるま)」が、こないだ文楽で観た「関寺小町」の話のことだったと気がついた。どうやら百夜通うと誓いをたてたのは深草少将のほうで、小町は別に意地悪をしてたわけじゃなかったんだと。少将が一夜通う毎に牛車の榻(シジ)に印を付けてたものだから、「榻の端書き」っていうのも男の恋の激しいことのたとえに用いられる表現だって。ふーん、高慢ちきな女の話と思っていたのはああ勘違いだった。こんなことも文楽長唄が繋がって面白い。

里夕さんの勧進帳、読み上げ入りというのが聞きたくて、士卒が運ぶとこまでは粘って、そのあと必死で「パーティ」会場へタクシーを飛ばしてみた。

宴はとうに終わっていて、会計も〆られ、水一杯飲んで早々に退散した。

価値があったのは国立劇場のほう。圧倒的に。師匠の出番を待つことなく会場を飛び出したことを激しく後悔する。いっそカイシャの義理は全部切り捨てりゃよかったよ。

これからはもっと徹底しよう。